04

12月

2011

やっぱり気持ちと心はキャッチボール だよね!

気持ちとか思いとか、相手があるものって一方通でなくてキャッチボールだよね!無償の愛ってあるけれどなかなか出来はしない。出来る人はいると思うけれど僕はなかなか俗的な人間なので出来ない。

 

ずっとそこで悩んできたけれど、やっぱ自分はどうなのって思ったときにそうはしない。やってもらったことは何とか返してゆきたい。そして相手がびっくりするようなことを返してあげたいと思っている。

 

それは仕事でも、人間関係でも。仕事で何かを任されたときに、「そうか、相手がびっくりするくらいの結果を出して返したあげて行きたいと思ってやってきた」それっていいことでしょ!それをもらってばかり、相手にやらせてばかりだとバランスが崩れてだめになっちゃう気がする。

 

良い人って言うのもなんか最近嫌い。「良い人」イコール「自分にとって都合が良い人で」そんなのは良い人なんていわない気がする。そういうのは後で何か大きなツケを払わなくてはいけなくなるから。

 

それは少ない 多いのもんではなくて。自分に都合よく考えていると大きな問題が起きる気がする。相手が無償の愛でないかぎり(そんなのはない)何かたくらみや、駆け引きがあるからそういうのに巻き込まれたくない。だからそういうのは「いらない」と断ることにしている。

 

 

ボランティアもやってあげている対象が喜んでくれなくなったら、ボランティアは終了するように。待っていて喜んでくれる人がいるからやっている、と思う。違う意見もあるでしょうが僕はそう思うし最近読んだ本にも書いてあった。そうそう、と共感をした。

 

そこをしっかりやっていくこことが、しっかり次にいける気がする。言葉でもいいと思う、相手がやってくれたことにしっかり答えるそこがとっても大事。その相手に答えてあげれないときはしっかり断ることも大事。そこにツケを作ってはいけない。

 

よく行く焼き鳥屋さんで「モガミヤ あの人良い人だから・・・」って聞いていてなんか違和感があったことをおぼえている。「良い人ってなに?」自分の店でたくさんお金使ってくれる人がどうも良い人になっている気がした。それって自分に都合の良い人とイコールだよね。

 

恋愛でも同じ気がする。昨日もうちに来た二人は同じタイミングと雰囲気で両方が相手を大切に思っている。僕も大事に恋愛をしていかなくてはいけないと思った。相手に良い人でなく、相手のことを思って対応してゆく、見守る、一緒に成長してゆく。

 

育ってきた環境が違うように考え方も違うのが人間。そこをすり合わせていくこと、白と赤をピンクにしてゆく。相手を認め、考え、大事にする。仕事でも、相手を認め、考え、結果を出し続ける。いつも改革変化を恐れない、うー話がむずかしくなってきた。

 

だから、きれいな玉を相手に投げて、もっと大きくして磨いて返してゆくって感じかな。

みんなみんな幸せに そしてみんなを守れるようになろうね。